Institute for Urban Strategies

> 都市戦略研究所とは

> English

ICF 2017 都市戦略セッション2

東京2035:輝く世界都市-戦略-

2017年10月13日(金)開催
六本木アカデミーヒルズ タワーホール
登壇者
竹中 平蔵
モデレーター竹中 平蔵
東洋大学教授
慶應義塾大学名誉教授
森記念財団都市戦略研究所所長
アカデミーヒルズ理事長
サスキア・サッセン
パネリストサスキア・サッセン
コロンビア大学 社会学部教授
リチャード・ベンダー
パネリストリチャード・ベンダー
カリフォルニア大学 バークレー校 名誉教授
アレン・J・スコット
パネリストアレン・J・スコット
カリフォルニア大学
ロサンゼルス校 特別研究教授
ピーター・ネイカンプ
パネリストピーター・ネイカンプ
アダム・ミツキェヴィチ大学 教授
市川宏雄
パネリスト市川宏雄
明治大学公共政策大学院
ガバナンス研究科長・教授
森記念財団都市戦略研究所 理事

はじめに

市川

後半のセッションでは、先ほど掲げたビジョンを実現するための「戦略」について、GPCIをベースに考えていきたい。GPCIは、世界の主要44都市の総合力を6分野(経済、研究・開発、文化・交流、居住、環境、交通・アクセス)、70指標を使って評価したものである。東京は、昨年パリを抜いて3位に上がり、今年もその順位を維持している。東京の都市力を1位のロンドンと比較すると、文化・交流と交通・アクセスの分野においてスコアの開きがあることが分かる。すでに非常に高い都市の総合力を有する東京であるが、ロンドンと比較するとまだ弱点があるといえる。

また、当研究所はGPCIに加えて、2016年に「都市のイメージ調査(City Perception Survey)」を行った。これは世界8都市を対象に、人々の意識の中にある「都市のイメージ」を可視化し分析したものである。

結果は、ロンドンという都市名を聞いた時に最も多く連想された単語は「Expensive/高価な」であり、それ以外には、「History/歴史」や「Tradition/伝統」といった歴史的な側面を表す単語や、「Big Ben/ビッグベン」といったランドマーク、「Rain/雨」や「Fog/霧」といった天候に関する単語も挙げられた。

ニューヨークは「Busy/忙しい」が最も多く、摩天楼の街に相応しく「Skyscrapers/超高層ビル」が続く。それ以外には、「Metropolis/メトロポリス」や「Diverse/多様性」、「Crowded/混雑した」、「Big/大きい」など、ニューヨークが持っている都市の活力を表すような単語が連想された。

パリはほかの都市とはイメージが全く異なり、「Eiffel Tower/エッフェル塔」、「Romantic/ロマンティック」、「Beautiful/美しい」、「Fashion/ファッション」、「Love/愛」、「Culture/文化」、「Art/アート」など、世界中の多くの人がパリに対して良好な都市のイメージを有していることがわかった。

はじめに

東京は「Crowded/混雑した」が最も多かった。周辺を含む1都3県で約3700万人の人口規模を有する東京は、確かに混んでいる。しかし、その次に連想された単語が「Technology/テクノロジー」や「Modern/現代的な」であることから、先進的な都市だと思われていることもわかる。また、東京に対する回答は訪問経験の有無によって大きく変わることも明らかになった。訪問経験を有する人は、「Polite/礼儀正しい」、「Safe/安全な」、「Clean/清潔な」というポジティブなイメージを想起している。逆に、訪問経験のない人は、「Stressful/ストレスが多い」、「Noisy/うるさい」、「Crowded/混雑した」など、大都市によくみられるネガティブなイメージを多く連想している。

これらの回答を統計手法を用いて分析してみると、アジアの都市のイメージは概ね似通っている一方、ロンドンやニューヨークはやや独自性があり、パリは対象都市の中では特異なイメージを形成していることがわかった。

現在の東京が有する総合力や、都市のイメージは上述の通りだが、これをどのように高めていくかということについて考えてみたい。これに関しては、すでに行政が中長期的視点で広範な施策を掲げている。例えば政府の「未来投資戦略2017」、国土交通省の「大都市戦略」、東京都の「都民ファーストでつくる『新しい東京』」や「都市づくりのグランドデザイン」などである。これらの政策の中で掲げられている施策の実行は、直接的もしくは間接的にGPCIのいくつかの指標に影響をもたらすものと想定される。それらの指標を抽出した上で、GPCIのシミュレーションを行った結果、2035年には東京が現在のロンドンの総合力を抜くことができるという結果となった。しかし、これは東京のみを変数としたときのシミュレーションであり、当然、他の都市も都市力を向上させてくる。仮にロンドンが過去10年間と同じ成長率を継続した場合、東京をはるかに超える結果となる。よって、GPCIにおいて東京を世界一の都市にするということがいかに困難であるかが分かる。しかし、高い目標を掲げ、その達成に向けて努力することは都市力を高めるためには重要なことである。

ディスカッション

竹中

後半のディスカッションでは、都市の磁力の定義は変わり得るか、グローバル都市であることの負の側面は何か、GPCIのトップ3都市の構成は今後変わって行くのかという3点を念頭において、パネリストの方々からご意見をいただきたい。

ネイカンプ

GPCIは、東京が競争力を高め順位を上げていく上で、強みや弱みに関する詳細な情報を提供している。しかし、東京の将来の立ち位置について分析し、導いていくにあたり、東京がすべての分野において世界一を目指したいのか、それともニューヨークやロンドンの順位を抜くことができれば良いのかについて目標を定めることが必要である。

これら2つの目標設定の違いは、総合ランキングと分野ごとの結果を見ると明らかになる。東京は3位であるが、研究・開発だけが3位であり、経済や文化・交流は4位、居住や環境、交通・アクセスはそれぞれ、14位、12位、6位である。多くの分野で高い順位を維持しているニューヨークと比べると、東京は居住と環境のみで勝っているだけであるが、東京はそれでも3位を維持している。これが示唆することは、多くの都市において分野別のスコアにバラつきがあるということである。その意味では、東京がいくつかの分野でニューヨークを抜く可能性もあると思うが、2位になることはないであろう。

いずれにしても、東京が競争力を高めるためには、ニューヨークの方が勝っている分野に重点的に投資をしていく必要がある。しかし、それは居住や環境をないがしろにすることとなり、居住者に負の影響を与えてしまい、彼らが東京を去っていってしまうことにつながるかもしれない。このような重点的な投資は、東京の魅力を高めるという目標に対して逆効果を招きかねない。これらの事実やGPCIのデータを見ると、1位になるためにはすべての面で1位になる必要があり、そのためには多額の投資が必要となる。

東京にとってのもうひとつの課題は、急速に進行している少子高齢化である。年金制度をはじめとして、財政的な負担が重くのしかかり、それが広範な分野への投資のさらなる足かせとなるであろう。

会場
ネイカンプ

スコット

東京が1位になるか2位になるかについて考えるよりも重要なことは、「東京やそのほかのグローバル都市が、魅力的でかつ市民に対してしっかりとした生活水準を提供し続けるために何をすれば良いのか」について考えることである。魅力や「磁力」といった概念は、継続的に押し寄せる資本主義の波を通じて起こる都市や世界規模のシステムの変革に応じて変化していく。20~30年前は、都市は衰退していくと言われていた。それは、デジタル技術やコミュニケーション手段の進化により、人々は都市を離れ地方に住む、すなわち孤独なデジタルワールドで暮らすと考えられていた。しかし現実には反対のことが起こった。都市化や都市部への移動が起こり、人材や資本は競争優位な地域や経済集積のある都市に引き寄せられている。

スコット

また、第三の波に付随して起こった社会政治的なムーブメントが、「新自由主義(ネオリベラリズム)」である。それは、政府の介入の度合いをより少なくし、市場主義を拡大しようとするものである。文化、経済、技術革新と、それがもたらす課題などに加えて、このような社会政治的な動向も今後のGPCIでは着目していく必要がある。

その動きがもたらした課題の一つとして挙げられるのが、社会における再階層化である。これは、かつての「分業化」に伴うものではなく、リチャード・フロリダによる「クリエイティブ・クラス」、もしくは、認知文化産業の従事者という新しい階層である。新たなデジタル技術や生産方式がそれらの階層の出現を促し、より低賃金の階層が、高賃金階層の労働機能をサポートするという構図を生み出している。ここで、「磁力」とそれらの変化が都市に対してどのような意味を持つのかという点に話を戻すと、私たちは都市の階層間で何が起きているのかについて考えるとともに、第三の波による新たな都市化がもたらす課題について、どのように解決しようとするのか、もしくは解決しようとしないのかについて考えていかなければならない。

ベンダー

都市の「磁力」や、観光客や人材を惹きつけるということに関して言うと、東京には「コミュニケーション」というひとつの大きな障害がある。東京の有名な交通システムの複雑さや、レストランのメニュー、フェイス・トゥ・フェイスの会話などを想像すると、人々は東京に来ることを躊躇してしまう。文化的障壁を伴う地元の人達と、英語でコミュニケーションすることが難しいということは、東京がグローバルなメガシティとしての地位を確立する上での弱点である。2020年東京五輪に向けてこの点は改善されていき、五輪後も都市の磁力を高めるためにさらに良くなっていくものと信じている。

人々を惹きつけ得るもうひとつの特徴は、「高齢化」という日本が抱える重要な人口問題に関連づけられる。ほとんどの人は高齢化の課題にのみ目を向け、その可能性について考えようとしない。しかし、様々な趣味や関心をもつ多くの退職者達は、多様な形で地域コミュニティや社会に貢献することができるだろう。特に東京では、コミュニティ生活に慣れた知的で活動的な高齢者達が大きな可能性を秘めている。東京はすでにこの点に取り組み始めているが、将来は、高齢者の社会参加という点に関して世界の良い手本となるであろう。

ベンダー

サッセン

実際に、世界のどこで都市を必要としているのか。グローバル都市は、企業や行政、文化機関などの多様なアクターに対して、必要な機能を提供することができるが、それは世界とどのような相互依存関係に変換されているのだろうか。

歴史的に見ると、1970年代以降、多くの国で経済を支配してきたのは、その国の経済に対して尽くしてきた大企業であった。それらの大企業における業務の大半は、社外や国際的なサービスに依存せず、社内でおこなわれてきた。その後、規制緩和や民営化、経済のグローバル化が徐々に進行し、全てを社内で雇用し生産するということが困難になった。結果として、それらの大企業は対象領域を海外に拡げざるを得ず、それが国際的な専門サービスの創出に繋がり、それらのサービスに従事する人材を生み出す結果となった。

サッセン
竹中

これが、グローバル都市が仲介的な機能を担い、大企業をグローバルに結びつけ、サービスの取引を促進することとなったきっかけである。結果として、本社機能、瀟洒な事務所、高賃金の仕事などを抱えたオペレーション機能が都市の中に設けられ、金融産業やそれに相応しい人材の成長に繋がった。そのような場所では、知識と多様な国と文化の人々とが混じり合うことが求められる。

グローバル都市や企業のオペレーション機能にとっては、優秀な人材が集う必要があるため、労働力のうちの30~40%は高賃金所得者である。このような状況においては、問題を引き起こしているのはトップの1%ではなく、グローバル都市が求める仲介的な機能によって生み出された30%の人々である。これら30%の人々の消費に対する需要が、残りの都市居住者の生活の困難に繋がっている。グローバル化は都市に特定の需要をもたらすが、それがもたらす負の影響を見過ごしてはいけない。一方、ポジティブな側面があることも忘れてはならない。それは、文化やアート、知識、体験などの面において明らかであり、ルーティン化された仲介的な機能ではなく、文化的な特色が生み出されている都市のコアエリアにこそ真の競争が存在している。都市は自らの独自性を認識し、グローバル・ネットワークにおける役割を見極めるべきである。

登壇者

竹中

グローバルな関係において私達は、互いに競争する面と協調する面、差別化する面について常に考える必要があるということがわかった。では最後に、今後東京を良くしていくために何をすべきかについて、パネリストの皆さんから一言ずつコメントをいただきたい。

サッセン

多くの都市の課題が挙げられたが、最も重要な問題は長時間労働による社会的、健康的な問題であろう。東京は全般的に見て非常に素晴らしい都市だと思う。

ベンダー

東京が自らの弱みを知ることと同じくらい重要なことは、東京は過去数十年間に渡ってポジティブな改善がなされてきたという事実である。労働条件の改善や、職場で女性がやりがいや責任のある仕事を任されるようになったことなど、確実に前進してきている。東京独自の強みを損なうことなく、他都市との関係の中で自らを評価し、今後も改善に努めていくべきである。

スコット

GPCIは日本で発行されているため、3位の維持が賢い戦略かもしれない。もし1位になったら、客観的な評価としてのGPCIの信頼性が疑われてしまうことになるかもしれない。

ネイカンプ

哲学者ジェレミー・ベンサムによる「最大多数の最大幸福」という概念は、個々人がより良く生きることや、都市環境に対する満足度といった社会理論にますます繋がってきている。テーマとしては幾分か主観的ではあるが、もしGPCIのようなデータベースが幸福度を定量的に測ることができるとすれば、それは非常に有益なものとなるだろう。GPCIにおいて1位や2位になるということは、居住者にとって世界で最も幸せであるということを意味するのだろうか。駐在で外国に居住している人々が、ホームタウンと比較した際に感じる都市のクオリティの違いを分析するなど、多くの都市の文脈を比較することによって、住民の居住環境に対する満足度を高める方法が見つけ出されるであろう。例えば、アムステルダムの近くに居住している大規模な日本人コミュニティは、人口密度が低く、緑豊かで利便性の高いエリアを好む傾向がある。ここから推察すると、東京も今後、人口密度を抑え、緑地や余暇施設をより多くもうけるべきだろう。アムステルダムに住む日本人と同じように、東京に住む日本人もそういった環境を望んでいるのかもしれないからだ。

市川

GPCIは順位を競うためのものではなく、それぞれの都市が世界の中で相対的にどのような都市力を有しているのかを知るためのものである。それを念頭においた上で、各々の都市が独自性を持ち、都市力を高めていくことが重要である。都市が経済的に豊かになれば貧困問題も抱えることになるかもしれないが、その解消を図りながら魅力ある都市にしていくことがこれからのグローバル都市における磁力なのだと思う。

竹中

ランキングというのは自らを映す鏡のようなものである。他の都市と比べてどういう特徴があるかを把握した上で、自らの都市をより良くするために必要な施策を考えることが重要である。そのためのインデックスとしてGPCIを活用していただければ幸いである。