慶應義塾大学名誉教授
森記念財団都市戦略研究所所長
アカデミーヒルズ理事長
本日のシンポジウムは、森記念財団都市戦略研究所が過去3年間にわたって調査研究してきた成果を「ビジョンと戦略」として取りまとめたものである。セッションの前半は「ビジョン」について、そして後半はビジョン実現のための「戦略」について皆さんと一緒に考えていきたい。
森記念財団都市戦略研究所は、2008年から「世界の都市総合力ランキング(GPCI)」を毎年発表しており、今年で10回目になる。また、Innovative City Forum(ICF)は今回で5回目を迎えた。そこで、この節目の年にGPCIとICFの成果を一つのシナリオに収斂させることを試みた。シナリオを描くにあたり、2035年にマイルストーンを設定し、東京を今よりも輝かせるために必要な「ビジョンと戦略」について調査研究を続けてきた。
ビジョンについては、(1)すでに計画もしくは検討、予測されている未来、(2)テクノロジーの進展や価値観の変化によって起こりうる未来、そして(3)海外都市の先進まちづくり事例に関する研究という3つの視点で検討をおこなってきた。
1点目に関しては、当研究所による広範なデータ収集にもとづくものであるが、そのうちの一つの要素が人口予測である。ロンドンやニューヨーク、シンガポール、香港などは長期的に人口増加が続くと予測されている。一方、東京とソウルは人口減少が見込まれている。また、世界的な課題である気候変動については、日本においても21世紀末は、20世紀末と比較して年平均気温が大幅に上昇し、また、滝のように降る雨の年間発生回数も増加すると予想されている。交通インフラについては、東京の三環状道路は2020年度までに約90%が完成し、交通の流れがスムーズになる一方、高度経済成長時代に作られたインフラの老朽化が非常に進行する。
2点目のテクノロジーの進展や価値観の変化については、有識者委員会や昨年のICFにおいて、Future Living(衣食住)、Future Work(働き方)、Future Mobility(モビリティ)、Future Entertainment(エンターテインメント)という4つのテーマについて議論を重ねてきた。
3点目の海外都市の先進事例研究については、過去のICFのセッションを通じて多面的に学んできた。2013年にはアジア都市における都心回帰の動きについて、2014年にはロンドンとニューヨークの都市ビジョンについて、2015年はグローバル時代における都市のアイデンティティについてと、官民連携を通じた公的空間の魅力化についてのシンポジウムを催してきた。それらのシンポジウムに加えて、ロンドンやニューヨーク、パリ、ウィーン、ボストン、ソウルなどにおける先進的なまちづくり事例について数年間かけて調査をおこなってきた。以上のことを取りまとめる形で東京の未来を映像で表現したのでご覧いただきたい。
ご覧いただいた約20年後の東京の姿は、Future Living(衣食住)、Future Work(働き方)、Future Mobility(モビリティ)、Future Entertainment(エンターテインメント)、Future Built Environment(都市空間)という5つのテーマにフォーカスして表現したものであるが、ここで各シーンに込めたメッセージのいくつかを紹介したい。
例えばドローンが描かれている冒頭のシーンは、2035年頃にはドローンがメンテナンスやセキュリティなどの用途で活用されているという設定である。また、上空には飛行機が飛んでいるが、これは、都心部における飛行空域が拡大し、空港の発着回数が増加した後の姿を描いている。そのほかにも、都市緑化や老朽化した首都高速道路の再構築が進んでいるという前提で描いている。
屋内のシーンでは、自由意志による在宅勤務がより定着しているということを表現している。また、ファミリーユニットの中に特定機能を有したロボットが存在し、それらのロボットは、音声技術等の進化により、人間とのナチュラルなコミュニケーショが可能となっているという想定である。
モビリティについては、オンデマンド型の自動運転タクシーが一般化している。そして、車窓はインターネット接続によって多機能化したディスプレイとなっている。さらに、ビックデータと人工知能の融合によるフリート・マネジメントによって、交通渋滞が大幅に緩和されているであろう。
人材に関しては、少子高齢化によって高齢化が進行しているとともに、外国人就業者が増加しているが、一方で、作業用ロボットが活躍していたり、身体拡張機能を有する装着型ロボットが汎用化していたりすると見込んでいる。また、タイムラグなしで多言語コミュニケーションを可能とするようなイヤホン型の自動翻訳機器や、IoTの進化に伴う多機能なウェアラブル端末が広く普及しているであろう。
ネガティブな側面としては、気候変動によって東京が熱帯化し、集中豪雨が現在よりも頻発していると予測している。一方で、都市内に多くの緑地帯をつくり、降雨時に雨水を吸収させているという対応も取られていると想定している。
都市空間としては、都心部における街区の再編やオープンスペースの集約化が進むとともに、都市公園における規制緩和と多機能化が進んでいるものと思われる。さらに、都市開発プロジェクトの面的な拡大が進行するとともに、エリアマネジメントの水平展開により賑わいのエリアが拡大していることが想定される。また、劇場などのライブ・エンターテインメントが集積したエリアなども創出されていると思われる。そのように新たな開発が進む一方で、東京の歴史や伝統を活かした東京独自の街づくりも進展していることが期待される。さらに、川の水質改善とともに、新たな水辺空間が創出され、現在よりも水に親しめるような都市に生まれ変わっているであろう。加えて、官民連携によって公共空間のハード・ソフトの魅力化が進んでいると想定した。
テクノロジーの観点では、仮想通貨の普及、3Dプリンターの広範囲な活用、VR(仮想現実)/ AR(拡張現実)技術による現実とバーチャル空間の融合、ホログラム(立体投影技術)を用いた空間演出なども進化しているものと想定される。
最後のシーンでは緑豊かなオフィス空間を描いているが、これは、デジタル社会になればなるほど花や樹木などのリアルな自然に対するニーズが大きくなるという前提である。また、日常の連続的な会議についてはインターネットを介した会議が増えていく一方で、どれだけテクノロジーが進化しても、フェイス・トゥ・フェイスのコミュニケーションの重要性は失われることはないというメッセージも込めている。
このような想定をもとに各シーンを描いたが、さらに上位のコンセプトとして、当映像の背景には、「これから生まれてくる未来の子供たちがちょうど15、16歳になる頃、東京は『洗練されてるけど、ちょっととがってる』と感じてもらいたい」というメッセージを込めている。それを都市計画的な言葉に置き換えると、「20年後の東京は今よりも『高い都市の総合力と突き抜けたアイデンティティ』を有してもらいたい」ということである。これを2035年における東京のビジョンとして設定した。
ただ今のプレゼンテーションを踏まえた上で、都市ビジョンの変遷や東京のユニークさ、官民連携のまちづくりなどの観点で、パネリストの皆さんからご意見を伺いたい。
今、拝見した東京のビジョンは非常に印象的な「可能性」を表現している。しかし、「可能性」という点を強調しておきたい。なぜならば、世界の都市では過去100年以上に渡り、壮大なプランを描いてきたものの、その多くは実現することがなかったからである。そのような壮大なビジョンを実現することは非常に困難であり、実現するためには、有力かつ有能で、知識の豊富な人材が必要であり、それらの人々が実際に都市を動かし、利害関係者を説得する力を有している必要がある。その点においては、東京はニューヨークと比べて、ビジョンを実行に移せる可能性が高いと感じている。もうひとつ指摘したい点は、先程示された東京2035ビジョンは、都市が抱える喫緊の課題への対処という側面よりも、都市における喜びや楽しみの側面に焦点をあてているという点である。グローバル都市は、構成や成り立ち、そしてその結果として直面している課題がそれぞれ異なる。例えば、東京では地震などの自然災害への備えが求められている。それについては、東京は極めて上手に対処しているといえるだろう。しかし、将来の計画というのは、快適性や利便性などの目に見えるものに焦点をあてる傾向にある。
一般的に、グローバル都市では必要性や需要、緊急性といった側面よりも、楽しみに関することの方が実現しやすい。もちろん快適で楽しい未来を思い描くことは受け入れられやすい目標であるが、より差し迫った問題も検討されるべきである。都市ビジョンを描く上では、この点をより吟味すべきである。
先程示された東京2035ビジョンと、これまでの数々の東京訪問を通じて私が感じたひとつの共通的な要素は、都市の「変容(transformation)」である。以前、外国人や旅行者は六本木エリアに集まっていた。しかし、今では多くのエリアが国際化し、かつては住宅地だった地域が賑やかな複合エリアに変わっている。そのようなポジティブな変容は明確に表現されていたが、森稔氏が提唱した「立体緑園都市(Vertical Garden City)」という都市空間に対するコンセプトは明確には表現されていなかった。超高層のオフィスや住宅は描かれていたが、垂直的な空間の中で繰り広げられる多機能な都市居住のスタイルが欠けていたように思う。
東京では、建物の低層部だけでなく高層部においてもレストランやショップ、エンターテインメント施設が配置されているような事例がすでに多く存在している。私たちは、既存の都市形態やテクノロジーから未来を推測してしまうものである。今後起こるであろう急激な政治的、社会的、技術的大変革により、私たちは新たな問いに直面し、そして可能性を手に入れるであう。これらの要素を取り入れた複合用途の立体空間は、混雑や土地不足といった大都市の課題を解消しうると思っている。
都市ビジョンというのは何の束縛も受けずに自由に構想されるものではなく、都市固有の歴史や現状との関係性の中で決まってくる。そういった意味で、都市ビジョンというものは、その都市を形作ってきた歴史的な文脈が反映されていると同時に、それらの歴史的文脈が未来を想像することにつながっているものである。この「文脈化」の一つの事例は、都市のデザインや計画、組織形態に影響を与えた「資本主義産業の波」である。19世紀における工場制手工業というシステムがその時代の都市ビジョンを形作っており、その後の機械化による大量生産のシステムによって、北米中に改革的な都市化のビジョンが広がった。
東京についても、歴史的な文脈の中で今の時代を捉え、強みや弱みを把握し、都市の未来に対する長期的な目標を設定することが重要である。世界は今、デジタル技術と認識・文化が一つに収束していくという、「資本主義の第三の波」の中にいる。その収束したものが、ビジネスサービスや、ハイテク産業、ロボティクスなど様々な形で、資本主義的な開発における多様な都市機能の中に散在している。東京はこの第三の波の中で先行しているかもしれないが、アジア、ヨーロッパ、北米の多くの都市も急速に追い上げてきている。この収束によってもたらされた競争の機会は、都市の競争力を高めるために、東京やそのほかのグローバル都市のビジョンに盛り込まれるべきである。
「何が東京をユニークにしているか」というのが、都市の未来を思い描く際の重要な問いかけとなる。かつては、皇居や東京タワーなどのランドマークが東京のシンボルとして存在しており、お茶会や生け花などの文化的要素に触れ合う機会も多くあった。もちろんこのような日本文化の要素は今でも残っているが、現在の東京は、ほかのグローバル都市と比べて都市のアイデンティティを感じるような特定のシンボルを失いつつあるように思われる。東京2035ビジョンでは素晴らしい将来像が描かれているが、東京のアイデンティティを喚起するような感覚をより強調すべきではないか。
では、ユニークな東京というものをどのように定義すればよいのだろうか。「ユニーク」が意味するのは、東京が日本やアジア、そして世界のどの都市とも異なる特徴を持つということである。単に新たな都市景観を作り上げることや、最先端技術を導入することだけでは、東京をシンガポールや上海をはじめとするほかの都市と差別化することは難しい。東京固有の特徴的な要素によりフォーカスし、それを将来の都市開発の中で高めていくべきである。
東京の将来ビジョンに関して、もう少し強調すべきではないかと感じた点は、ライフスタイルや人々の交流の仕方が変わってきているという点である。人々が働いて、買い物をして、公園で余暇を楽しむといった現在のスタイルは変革を迫られ、それが全く新しい形のテクノロジーや都市構造を必要とすることになるかもしれない。これは、「見えない世界(invisible city)」というコンセプトや、新しいテクノロジーによって人々が世界中の人々と日常的なコミュニケーションができるようになっていることが物語っている。屋外型エンターテインメントや、特定の場所でのサービスのうちのいくつかは、在宅型に移行したり、もしくは無くなってしまったりする可能性もある。東京の将来像を描くにあたっては、そのような「目に見えないもの(invisible)」を取り込むために、都市構造や都市機能、都市に必要とされるテクノロジーに対して、これまでとは全く異なる見方が求められることになるかもしれない。
これまで都市のビジョンは数多く考えられてきたが、大きく分けて3つの段階があると思う。最初の段階においては、都市はユートピアを目指してきた。つまり、理想的な都市を思い描いてきた。その後、産業革命などによって生活が豊かになった一方で都市問題が発生し、その都市問題の解決方法を考えてきたのが第2段階。東京でも戦後の急速な都市の肥大化の中で、様々な都市問題が発生し、それをいかに解決するかということを長い間考えてきた。しかし、それらの都市問題の多くは解決されてきており、今は第3段階にあると考えている。この段階で必要なことは、再び理想的な都市の未来について考えるということである。
東京の都市問題が解決されつつあるというのは大変興味深い。諸外国の都市問題には必ず貧困の話が出てくるが、日本の場合は、これまであまり議論されてこなかった。しかし、今後は深刻な問題になるかもしれない。その点については、後半のセッションで議論する予定なので、ここでは、グローバルなコンテクストの中で東京がどうあるべきかという点についてご意見を伺いたい。
先ほどの「見えない世界」について付け加えると、東京の都市構造にはそのような目に見えない交流のレイヤーが非常に浸透していると思っている。それは、私的でバーチャルな空間に限定されたものではなく、公的で現実的な世界の中にも見て取ることができる。49階で開催されているこのシンポジウムを例に挙げると、建物の外にいる人は気づきにくいが、上下階には美術館や知的交流の場、レストランなどがある。ここ六本木ヒルズでは、垂直的な人々の交流と、コーヒーショップや本屋などがあるストリートレベルでの水平的な交流の両方が存在している。定量化や都市データ解析では、東京がいかに上手に「新しさ」を取り込み、いかに多くの点で世界をリードしているかということを見落としてしまいがちである。
伝統的な西洋の考え方とは異なり、都市としての東京には、多様な「非空間的な領域」が存在している。それらの領域は、日本の理想的なデザイン、建築、エレクトロニクスやエンターテインメントなどによって形作られている。それらは、複雑性やイノベーションに一定の水準をもたらし、それが西洋の人間にとって魅力的でエキサイティングで、「エッジー(edgy)」なものに映る。もちろん、社会におけるより人間的な側面が反映されたネガティブな領域もあるが、日本文化はそれらの要素でさえポジティブに捉え、過小評価したり隠したりするのではなく、美しくまとめてきた。しかし、東京2035ビジョンは、深部や複雑性、暗部に関する表現を抑えているように感じられ、これらの深部や複雑性はもっと強調されるべきである。東京はそれらの領域における物理的な構造と文化的な価値に関する経験やノウハウを、日本的な手法として世界の都市と共有している。同様に、海外の事例を取り込み、それを上手に東京テイストなファッションや建築、エンターテインメントに適応させている。それこそが東京のユニークネスであり、東京の将来のビジョンを描く際には、この「とがり方(edginess)」も見過ごしてはならない。
西洋的な視点からすると、東京は常に強いアイデンティティや世界的な「ブランド」を維持していると思う。特に1980年代や1990年代において、東京のアイデンティティは、テクノロジーや文化、経済におけるリーダーとしての活力にフォーカスされていた。しかし、GPCIが示唆しているように、他のアジア都市がそれらの要素において東京よりも勝り始めてきているため、今後東京の地位を脅かすことになるだろう。そのような状況をふまえると、東京はもはやこれまでの優位性や現状を維持できなくなるであろう。しかしながら、東京2035ビジョンを見て、東京が将来も「先端技術文化」の中心であるというアイデンティティは変わらないという印象を受けた。
では、テクノロジーや文化のグローバルセンターとして東京が競争力を維持し、アジアの新興都市と差別化させるものは一体何なのであろうか。都市計画やインフラ、制度などに関して新たな形態を構築する能力は別として、東京は公共空間の可能性を拡げることが必要であり、近年、革新的なテクノロジーやシェアリング・エコノミーなどによって生み出されている「共有(commons)」について考えていかなければならない。都市における公共空間の使われ方は変容している。例を挙げるとすると、自転車やカーシェア、コワーキング・スペース、拡張現実(AR)、オンライン・コミュニケーションなどである。東京は競争力を高めていくためにも、これらの機会を認識し活用していくべきである。
東京について考慮すべき点は、都市の規模、もしくは地理的にどのレベルにおいて競争力を維持したいのかという点である。東京の将来戦略は、地方、国、地域、グローバルのどのレベルにおいて東京がベストな状態でいたいのか次第である。すべてのレベルにおいてベストでありたいのであれば、ほかのすべての都市よりも卓越した特徴を有していなければならない。「ユニークネス」の概念に話を戻すと、東京の特徴を定義することは難しい。ニューヨークやロンドン、エルサレムなどの都市は、明瞭かつ差別化された都市のイメージを有している。一方、東京は成功して繁栄している都市であり、買い物や食事、様々なアクティビティを提供しているが、ほかの都市も同様のクオリティを有している。東京をどのように差別化するのか、何が東京だけの際立った特徴なのか。
東京の特徴として考えられるのは、フランスの哲学者ミシェル・フーコーによる「ヘテロトピア(異他なる空間)」という言葉ではないだろうか。この言葉は、「私的・公的のいずれにせよ、極めて特異なもしくは際立った特徴を有する都市空間」と定義されている。公共空間の位置づけや利用方法が急速に変わってきているため、ヘテロトピアという概念が昨今特にあてはまるようになってきている。公園や歩道、広場などで行われるこれまでの都市活動ではなく、若年層はバーチャルな世界を新たな公共空間としている。そこにはガバナンスや、これまでの公共空間とバーチャルな公共空間の間の関係性に対する問題が残っているが、東京においてはおそらく、これら2つの空間の融合によって、ユニークなヘテロトピアが形成されていくであろう。
パネリストの方々からいただいた多面的なご意見を受けて、前半のセッションの締めとして市川先生よりコメントをいただきたい。
日本は、海外から導入したものを日本的に変えてしまうことに長けている。都市計画の分野では、明治維新後にまずはパリに学び、その後、ロンドンの大都市圏計画を研究し、戦後の都市化の中では、ニューヨークをはじめとするアメリカの大都市から学びつつ、それらを日本風にアレンジしてきた。しかし、これからは、どこかの都市に学ぶのではなく、自ら模範となる都市を創り出していかなければならない段階に来ており、これがこれからの都市政策の専門家が向きあうべき課題であると思っている。