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プレセミナー第2回

「英国に学ぶ、大都市と地方の共存共栄」

2019年9月4日(水)開催
六本木アカデミーヒルズ オーディトリアム
登壇者
Richard Brown
特別講演者リチャードブラウン
センター・フォー・ロンドン
(Centre for London)
リサーチディレクター
Shogo Kudo
インタビュアー工藤 尚悟
東京大学大学院 新領域創成科学研究科 助教
国際教養大学アジア地域研究機構連携研究員、
一般社団法人アキタエイジラボ
研究ユニット・リーダー
Hiroo Ichikawa
主催者市川 宏雄
明治大学名誉教授/
帝京大学特任教授/
森記念財団理事

冒頭挨拶

市川


今日日本では東京一極集中が続いている。 そのため政府は5年前から地方創生という名のもとで地方を活性化する政策を行っている。 しかし日本全体の人口が減る一方、東京圏の人口は増加しており、東京一極集中は加速している。 ではイギリスはどうなのか。 イギリスも同じようにロンドン一極集中がおき、地方都市については衰退しているところもある。 東京がどういう対策や政策をとるのかを考えるために、リチャード・ブラウン氏よりロンドンの状況や、マンチェスターやリヴァプールといった地方の中核都市の状況についてお話を伺いたい。 一方、工藤先生からは、日本において地方の目指す方向性や活動について伺う。  



リチャード・ブラウン氏 特別講演

ブラウン

ロンドンと地方都市の間には明白な乖離がある。 その根底には、地方都市は「取り残されて」おり、ロンドン程には繁栄していないとう感覚があり、この乖離感がブレグジット(英国の欧州連合離脱)議論にも影響している。 一方で、ロンドン自体も、渋滞や大気汚染やアフォーダブル住宅の不足など重要な課題に直面している。 地元市民は労働市場において、国内だけでなく世界中の優秀人材と競わなくてはならない。 いったい何がほころびた関係を生み出し、どのように課題に取り組んでいくべきだろうか?

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まず、英国の行政に関する全体像を紹介する。 英国は、ウェストミンスターを中心とした中央集権型の政府を保持しており、徴税をはじめとする多くの機能が集中している。 これと並行して、スコットランドやウェールズ、北アイルランドには権限移譲された自治政府がある。


2000年以来、ロンドンには選挙で選ばれた市長と議会、市長の下権限移譲された自治体、33の特別区が存在する。 ロンドン以外の地方自治は、カウンティとディストリクトの二層制となっており、都市では一層制の傾向にある。 しかし最近は、合同行政機構やメトロメイヤーが導入され、他の街でもロンドン市長と同様の役割を担っている。


人口動態としては、ロンドンは第二次世界大戦中とその後に劇的な人口減少を経験している。 それは疎開した人々が戻らなかったり、スラム街が撤去されたことによるものだった。 産業空洞化の影響や地域政策は雇用の喪失につながり、ロンドンの人口は1939年から1980年にかけて、急減した。 1980年代から90年代初頭にかけて、ロンドンは金融サービスの発展と文化再生を経験し、卓越したヨーロッパ都市へと変貌を遂げ、世界中から人を惹きつけた。 2015年初頭にそれまでの人口ピークである850万人を超え、今後15年から20年以内に、1000万人に達する見込みだ。


同様に文化拠点として、ロンドンは主要な美術館やギャラリーを有し、主要なアート展、大規模なコンサートを催している。 映画、テレビ、広告、出版といった産業も集積している。 然るに、ロンドンはこれら3機能を同時に占有しており、だからこそGPCIのような世界指標で上位に入るわけである。 ロンドンの多様性は、文化産業の集積と同様に強みだ。


他方面では、ニューヨークに似ている。 どちらの都市も住宅や交通問題、環境問題を抱えているためだ。 しかし、文化的寄与に関しては、ロンドンのほうが先にいっており、それが近年国内投資の中心としてのロンドンの地位を高めている。 ロンドンには企業の本社が最も多く集まっているので、本社に対する投資の数を見ればそれは明らかである。


人口において、ロンドンは英国にどう当てはまるのか?ロンドンの人口は過去20年で一層国際化し、イギリス生まれの人口は78%から54%にまで減少した。 英国の他地域と比較し、この変化は規模と速さにおいて急激である。 多様性がロンドンを強めるなか、同時にそれがロンドンをほかの国内都市と異なるものにしている。


社会的に、とりわけ経済に関して、ロンドンと他地域との間に不均衡がみられる。一人当たりGVA(付加価値額)では、ロンドンのスコアは英国平均を大きく上回っている。近年この差は60%から80%へと拡大している。


生産性をみると、他都市は下落する一方で、付加価値の高い、金融・ビジネスサービスや、専門的サービス、情報・通信技術サービスに一層注力するロンドンは、その生産力をあげている。セントラルロンドンはこうした分野における経済の40%を占め、アウターロンドンと他の英国都市が15~20%を占めている。付加価値の高いサービス分野への転換は、英国の他都市でも起きているが、ロンドンほどの速さや集中度では起きていない。


生産性や経済においてロンドンは卓越しているが、それが必ずしも標準的なロンドン市民の利益になっているわけではない。ロンドン市民は高収入だが、家賃の賃料水準や住宅のローン負担を考慮すると、ロンドンの所得レベルは英国南部よりも北部に近い。ロンドンは生産的で高い給与を提示するが、可処分所得においては相対的に貧しい。


こうした状況は、ロンドンと英国の他地域との関係や、その関係が南北の分断を生み出していることを示唆している。従来、北部は貧しく、南部は豊かだ。そして置き去りにされた貧しい北部地域が、主にブレグジットに投票したのだ。


課題はロンドンとその周辺地域の間にも存在する。ロンドンの広域都市圏は、市を取り囲むグリーンベルトを越えて立地する町にも拡大しつつある。英国南東部の抱える問題のひとつは、ロンドンが生み出す富が地元の住宅市場を圧迫し、地元住民の住宅賃貸や購入を困難にしている点だ。これは北部の課題とは異なるもので、北部の場合は、多くの地域が発展することなく取り残されているのが課題だ。


これは多方面において、英国内で緊迫した議論を生み出しており、Centre for London発刊の報告書『London, UK』では、ロンドンとその他地域における当該問題に対する姿勢を取り扱っている。ロンドン市民はときに、次のような見方を呈する。「ロンドンはおとぎ話でいうところの『金の卵を産むガチョウ』で、英国経済を主導し、観光と投資の主軸にある。ほかの地域は有難く思うべきだ」と。


これとは別の見解はロンドンを「暗黒星」として捉えている。すなわち、才能ある若い人材や投資、文化的な光や生命力をほかの地域から吸い取ってしまうブラックホールだ。おそらく、ロンドンと他地域の差異ではなく、その二つが共有するものに焦点をあてる語り口のほうが好ましいだろう。


前述の2種類の捉え方に関して、「金のガチョウ」は、税収格差が広がるロンドンと他地域において、ロンドンから税金がそうした地域に流れていることを表している。ロンドンはますます多くの額を他地域の公共財政に寄与しており、今や一人あたり年間3000ポンドの税金がロンドンから他地域に流れている。これが、市の税収は市が抱える課題解決のために多く使われるべきだと感じるロンドン市民の不興を買っている。


同時に、ロンドンは多額の公金を費やしており、特に公共交通に対する支出は他地域の3倍にあたる。無論、広大な都市圏であるロンドンは、多くの交通利用者を擁し、より広範囲に及ぶ公共交通を要しているためだ。しかし周縁の町にとっては、すでに豊かな街がさらに多くの資金を得ているようにみえるのだ。


競争意識やずれ感覚は、ロンドンの印象を聞いた複数の世論調査でも明らかだ。77%近くがロンドンは英国全体にとって経済的価値があるが、地元地域にとって恩恵は感じられないと答えている。人々が同様の回答をしたのは、ロンドンを「誇り」に思うかどうかの問いに対してで、過去には70%がロンドンに誇りをもっていた。ただこの傾向も陰りをみせ、2012年のロンドンオリンピックをピークに、今や60%にまで落ち込んだ。地理的には、ロンドンに対する誇りは北上するにつれ減少する。英国北部では67%が誇りを抱いているのに対し、スコットランドではわずか39%だ。ロンドンの印象をより掘り下げると、多くが「高い」や「混雑」といったネガティブな表現も挙げられているが、「文化的」、「多様な」、「活気に満ちた」といったポジティな印象が非常に多い。


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ロンドンと他地域間に広がり続ける隔たりは、経済調査と意識調査いずれの傾向にもみとめられる。人々はロンドンに存在価値を見出せなくなっている。かつてのような誇りも抱いていない。同時に、ブレグジットに関する政治議論が、新たに都市と地方間の分断を生み出した。生産性や経済成長、富における広がり続ける相違が課題だ。さてどういった政策介入が、こうした問題に取り組むべく、これまで行われてきたのだろうか?


はじめに、第二次世界大戦度、ロンドンから別の場所へと投資と人材を分散させる動きがあった。これに加え、1960年代から80年代にかけて、産業配置転換がなされた。行政部門や産業はロンドンから移転した。だが、概ねそうした移転は英国南東部で行われ、かつての産業地域である北部やウェスト・ミッドランズには移動しなかった。


1980年代から、世界各地の都市で急激な減退がおこった。対応策として都市内での再生プログラムがおこなわれた。英国では、かつての産業地域に複数の開発公社が設立された。しかし恐らく最も効果的だったのは、いまやロンドン第2の規模の金融センターであるカナリー・ワーフのインフラ整備を行った、ロンドン・ドックランズ開発公社(LDDC)だろう。他都市も同様に再開発され、美化されたが、ロンドンほどには対内投資を誘引できなかった。


1990年代から2000年代の労働党政権下では、各地の状況に応じた地域経済の発展を目指し、ビジネス・リーダーシップとともに設立された地域開発公社に焦点があてられた。こちらも、部分的に再投資の効果があったが、全体的には地方の工業都市は衰退したままだった。


2010年以降、首長制と合同行政機構の設立が新たな関心の的となり、中央政府との交渉過程を通して、他都市にもロンドン同様の力を付与することとなった。首長たちは、それぞれの街の強力な擁護者として活動し、英国内の首長および地方政府間で強力なネットワークを築いている。


我々は調査で、政府機関や議会のより多くの移転を望むかを人々に尋ねた。英国内で、政府機関や部門の移転は可能か?他都市に対してインセンティブを付与することで、金融サービスはロンドンから出ていくべきだろうか?といった問いかけを行った。しかしながら、これに対する前向きな反応はかなり低かった。こうした機能の移転が大きな変化をもたらすとは考えられていないのだ。ロンドンからばらまかれるよりも、人々は地元に根差した成長を自ら開発することを望んでいるようだった。課題はその地元の成長をどうやって見出し、開発していくかにある。


インフラ投資に関しては、HS2とHS3(いずれもイギリスで計画されている高速鉄道路線)は英国にとって重要なプロジェクトだ。第一段階でバーミンガムとロンドンをつなぎ、その後マンチェスターとリーズをつなぎ、やがて更には北上することで、より強固なネットワークで都市同士を繋ぐ一助となるだろう。


ロンドン市長は、ロンドンと他地域は互いにとって最も重要な貿易相手だと言い、ロンドン経済を押し下げ他地域の経済を活性化することは英国全体にとって不利益になるだろうと訴える。代わりに、地方分権や交通、高速ブロードバンドや地域交通サービスの刷新といったインフラに対する投資に、より焦点があてられるべきだとしている。


調査報告書で我々がたどり着いた結論もこうした意見に沿っている。ロンドン以外の他地域がロンドンからのばらまきに依拠しているという語り口と、ロンドンだけが他地域から才能や金を吸い上げているという語り口は変えなくてはならない。加えて、地方分権に関する議論はより推し進められるべきだ。ロンドンに集中する権限は、地方都市に移譲し、各地域が自分たちの未来を自分たちで管理できるようにすべきだ。


一方、ロンドンはしばしば海外とのかかわりにより注力しているようにみえるため、他地域に対してももっと配慮をみせるべきだろう。ブレグジット国民投票を契機に、ロンドン市長サディク・カーンは、「London is Open」プログラムを打ち出し、英国の経済状況がいかなるものであっても、ロンドンは開放的で、国際的であり続け、観光や勉強、仕事のために訪れる世界中の人々を受け入れる用意があると表明した。これに加え、ロンドンは「London is Yours」キャンペーンを行い、英国中の人々に対し、ロンドンを訪れ、ここが皆にとっての首都なのだと感じてもらう必要があるだろう。


我々は強固なつながりを要しており、それは都市間の社会的つながりであり、地方がより多くの権利と投資を得るための首長同士のつながりであり、ビジネス間のつながりでもある。対内投資がロンドンに集まるとき、それをどのように共有し、首都以外の地域におけるサービスや供給を活性化するためにどのように使うべきだろうか?ロンドンと他都市とをつなぐ役割の人を打ちたてればいいのかもしれない。ロンドンだけでなく、他の街に投資がいきわたるようにする仲介サービスを生み出すのがいいのかもしれない。


最後に、われわれはインフラに投資し続けなくてはならない。現在英国には大きなインフラ格差がある。高速鉄道は推進されるべきだし、国内の多くの地域にいまだ欠けている高速ブロードバンド接続も重要だ。住宅もやはりロンドンおよび他地域で不足しており、投資を要している。



工藤 尚悟氏 ショートプレゼンテーション

工藤

日本の総人口は2008年に1億2800万人でピークを迎え、現在は下り坂となり、2055年には30%の減少が予想されている。日本が社会体制を構築したころは、人口は増加傾向にあり、若年層が多かったが、今や人口の老齢化および縮小に直面している。こうした背景のもと、社会レベルでの発展とは何を意味するのか、私たちは今一度問う必要がある。日本語でいうところの「豊かさ」とはなにか。この問いが、日本の社会全体に投げかけられている。

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この問題を検討するうえで、こうした社会の変化について考え、対策を講じるためには、これまでとは異なる価値観を見出すべきだ。本セミナーは、人口動態的な状況は異なりつつも、ロンドンおよび英国の経験から知見を得ることが目的だ。


従来、都市と地方の課題は別々に議論されてきた。例えば、学術領域では、都市研究と地方(農村地域)研究や、都市計画と農村計画など、個別の分野があり、相互の交流はほとんどない。都市と地方の社会体制はそれぞれ独立したものとみなされるが、実際にはその二つは密接に結びついている。エネルギー資源に関していえば、都市は地方の支え無しでは立ち行かず、しかしながら、地方は都市部の維持のためだけに存在するわけではない。


ここで取り入れるべき新たな視点は、都市と地方の体制をひとつの統合体制として捉えることだ。人材、アイデンティティ、情報、あらゆる資源が、地方と都市を相互に行き交っているのは明らかだ。この地方・都市連携という視点は、日本社会にとっては必須であり、また英国社会にとっても恐らく同様だろう。


ブラウン氏への質問

工藤

質問1
ロンドンと周辺都市の間にはどういった社会的および経済的連携があるのか?日本では、「地方創生」という地域再生計画があるが、人口を地方に取り戻し、地域経済を活性化させることにほとんど成功していない。ロンドンと周辺都市の関係から、どんな学びがあるだろうか?

 

質問2
ロンドンの発展において、多様性と文化はどういった役割を果たしてきたか?そこからどういった知見を得て、東京に活かしていけるだろうか?


質問3
2050年に向け、英国社会、なかでもロンドン、周辺都市、そして地方都市は、どのような様相を呈しているだろうか?



ライブインタビュー

ブラウン

都市と地方体系の不可分性についての言及は非常に興味深い。なぜなら、交通手段の欠如により、過去数世紀においては、どちらの機能も都市の中で共有されていたためだ。鉄道の登場により、機能の分割が可能となり、私たちはいまだにこれにもとづいた社会に暮らしている。ロンドンと英国の他地域の経済的および社会的結びつきに関しては、多くの人は地方で育ち、地方大学に進学し、20代になり職を求めてロンドンに上京する。こうした人々は30代、40代になるとロンドンを去っていく。


ベッドタウンに移り住む人々は、往々にしてその土地には眠るために帰るだけで、コミュニティに溶け込み、地域経済に貢献するわけではない。これは私たちが取り組むべき課題の一つで、人々に地元にもっとかかわりを持つよう奨励すべきだ。英国の取り組みの一つは、フレキシブルワークの推奨だ。週に1,2度は居住地域にとどまって仕事をし、地元のサービスを利用し、地域経済に貢献するのだ。


企業がロンドンに移転し、実際には広域で大きな影響をもつという好例もある。JPモルガンはヨーロッパ本社をロンドンにおいているが、大容量データセンターとバックオフィスの中枢は南海岸のボーンマスにある。ブライトンにはアメリカン・エクスプレスの処理作業部門がある。投資のために、ほかの地方都市と共にロンドンをパッケージとしてより押し出すべきだ。対内投資先としてロンドンに焦点が当たるのは、ロンドンがニーズに合わないときに、国際企業は、英国の他の都市よりも国外の他のヨーロッパ都市に移転する傾向がある。つまりロンドンは国内というより、国外と競っているのだ。



工藤

地方の若年層の見解はどういったものか?彼らはロンドンを明るい未来の源として捉えているのだろうか。例えば、私が研究する地域では、子供たちは生まれ育った地域の「外」により良い人生があると教えられている。つまり親は子供たちが、都市にでるように勧めているのだ。結果として、彼らは東京の大学に進学し、より給料の高い、安定した職を得る。地元に帰っても、賃金の低い、農業や漁業に勤しむか、サービス業に勤める選択肢しかない。こうした状況は英国でも同様で、人々の視線はロンドンやより大都市に向いているのだろうか?

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ブラウン

英国の地方を運転すると、バス停で退屈そうに煙草を吸いながら、たむろする十代の若者たちを目にするだろう。人々は、地方を抜け出し、ロンドンとまでいかなくても、より大きな地方都市に出ていきたがる。概して、農業職は労働環境が悪く、給料も低い。小さな町のサービス業もやはり低賃金だ。したがって、地方には魅力がなくなる。


工藤

ここで国際都市ロンドン特有の、多様性と文化に焦点をあてたい。


ブラウン

特筆すべきは、多様性には、民族の多様性と出生国の多様性の二階層あるということだ。英国では、この二つはかなり性質が異なり、旧植民地国からの移民の流入によって、都市では民族多様性がかなり広まっている。今日英国にいる、移民をルーツにもつ人々の多くは、二世や三世だ。そうした人々によって文化的多様性がある一方、それは国際性を指し示すわけではない。


移住に関しては、ロンドンはとりわけ人を惹きつける。ロンドンはすでに大規模な国際社会であり、人々にとってなじみ深い多様な食や宗教、文化を誇っているからだ。多様性は英国文化にとっては恩恵であり、例えばポピュラー音楽では、アフリカ系英国文化がグライム(ハウス系クラブミュージックに、ラップやレゲエの要素を加えた音楽ジャンルの総称)やハウスミュージックに影響を及ぼし、他ジャンルの音楽も多様性の恩恵をうけている。英国料理はインド料理をはじめとする世界各地の味覚によって豊かになった。最近の調査によると、チキンティッカマサラは英国人の大好物だそうだ。


吸引力としての文化の影響力は過小評価されるべきではない。ロンドンオリンピック招致のビデオ映像が他都市の動画と異なっていたのは、ロンドン市内の著名な文化遺産をただ映す代わりに、途上国の貧民街で座ってテレビを見る子供の姿から始めたことだ。ここでのメッセージは、ロンドンは全ての人を歓迎する、というものだった。国際企業がロンドンで歓迎されていると感じるように、この寛容性が国際オリンピック委員会の心をつかんだのだ。


工藤

ロンドンやほかの都市が有する多様性は、地方分権にどういった影響を及ぼすだろうか。ロンドン市民の53%が英国出身ということは、およそ半分はそれ以外の地域出身ということだ。地方分権の観点では、一体どんな影響があるだろうか。


ブラウン

地方分権は、地方行政がその地域に住む個人の必要に応じて資金をつぎ込めるようにすることだ。ロンドンに第二外国語として英語訓練が必要な難民が大勢いる場合、ロンドン自体がその訓練のために資源を利用することができる。つまり地域の状況に即した対応がとれるようになるのだ。


一点物議をかもす提案は、移民政策を各都市に移譲するものだ。例えば、ロンドンは移民の受け入れ基準を自ら管理し、新たな移民にはロンドン市内での就労ビザを発行することができる。移民に対して憂慮している地域は受け入れを減らすこともでき、一方で、移民に寛容な地域はより多くの人を惹きつけ続けるだろう。ロンドンの総労働人口のうち25~30%が海外生まれのなか、移民受け入れのペースを落とすと、ロンドンは深刻な問題に直面するだろう。高技能の従業者はおろか、大多数の低技能のサービス業従事者まで失うだろう。

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工藤

2050年について話したい。英国の将来について、あなた個人の見解は?

ブラウン

私の所属するCentre for Londonでは、2050年にむけたロンドンの未来像に関する報告書をまとめ始めたところだ。ロンドンについては、格差やアフォーダブル住宅の不足や渋滞など課題が山積するほか、気候変動などの新たな問題も浮上している。気候変動によって次世紀にかけて、欧州では南から北へと大規模な移住が予測される。これによりロンドンのような都市で更なる人口集積が起こるのだろうか?どのように対応すべきか?同時に、自動化の発展は英国では日本とやや異なって捉えられており、人々は自動化が失業を招くのではないかと憂慮している。


低技能業務がどのように新しい経済に順応していくかが争点となる。高所得の専門性のある人々が台頭し、低技能労働人口がわきへと追いやられていくのだろうか?高齢化も課題の一つだ。日本より喫緊性は低いが、課題であるのは間違いない。ロンドンでは、次の10年間で65歳以上の年齢層が急激に増加するだろう。ロンドンは、将来どんな街でいたいかをまず考えなければならない。開かれた通商経済として、競争力ある税制度や開放的な通商システムを独自に有しつつ、国主導のもと更なる住宅やインフラ建設をおこなうとともに、国際的なサービスを取引する。それもひとつの道だろう。


もうひとつの未来は、より英国全体と関わるもので、ロンドンは首都として英国の他地域との通商を推進し、諸外国との結びつきをこれまでより緩める一方で、より自給自足型になる。これはいわば「ウィーン型」とも言うべきビジョンだ。ウィーンはかつて欧州最強の都市のひとつだった。今日のウィーンは、良好な生活の質に、著名な美術館や優れたギャラリー、確固たる伝統を誇る美しい都市だが、オーストリア=ハンガリー二重帝国を率いたころの国際社会における競争力は有していない。いずれにせよ、ロンドンが周辺都市と統合化するのが望ましく、そうした再編を通じ、それぞれの都市は新たな役割を見出すことだろう。

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質疑応答セッション


オリンピックを契機に、ロンドン一極集中がより進んだか?

ブラウン

その可能性はある。国際オリンピック委員会によると、英国でのオリンピック開催は、ロンドン以外の都市ではありえなかったそうだ。マンチェスターとバーミンガムは以前立候補したが、敗れた。しかしながら、ロンドン五輪準備の折、招致段階から実際の開催期間にかけて、私たちは英国全体と各地域が五輪との結びつきを育むように、様々な都市や町でプログラムを開催した。開会式の焦点はロンドンではなかった。効果的な手法で、英国全体の魅力を披露したのだが、人々は未だにロンドンに対して断固たる意見を抱いているようだ。投資家と話したり、調査報告を参照すると、相変わらず国際社会の視線はロンドンのみに向けられているようだ。引き換えに、ロンドンは英国の他地域にその関心が向けられるように推進していかなくてはならない。



どうすれば行政は金融センターの分散化や、より効果的な人口分散を奨励できるのか?

ブラウン

かねてから英国ではインターネットが在宅業務を可能にし、従来の労働パターンを分散化していくだろうと議論されてきた。しかるに、それほどまでの分散は未だ実現していない。むしろ、主要センターへの経済活動の集積はますます高まっている。環境意識の高まりと気候変動による影響によって、毎日郊外からロンドンに通勤するのではなく、週に1,2日だけ通うといった、より柔軟な働き方を推奨する機会が到来している。そのような働き方に変えても、他の人とある程度関わるだろうし、むしろロンドン以外の街でより活動するようになり、経済成長をもたらすだろう。経済活動を分散するには、大都市の金融センターそのものをどこかに移すよりも、こちらのほうがはるかに効果的だ。



「London is Yours」キャンペーンを行うべきというコメントがあったが、同時に「Regional cities are Yours (地方都市はあなたのもの)」キャンペーンを打ち出し、ロンドン市民と他地域をつなげるのはどうか?

ブラウン

それはいい考えだと思う。ロンドン市民の多くは喜んでパリやベルリン、バルセロナで週末を過ごすが、リーズやリヴァプール、マンチェスターには行こうとしない。ロンドン市民、地方都市を売り込んでいく必要がある。とりわけ新しくロンドンに移住した人々に、他の街も他者を歓迎しており、興味深く、訪れるには最適な場所だと知ってもらうのだ。ときにマイノリティの人々にとって、地方都市や町は、多様性のるつぼであるロンドンと異なり、非常に居心地が悪いこともあるからだ。

工藤

日本にも同様の議論があり、例えば東京と秋田でそれぞれ住民登録し、二か所で納税する、二拠点居住が話題になっている。それにより、各地域で公共の利益を得ることができるわけだ。日本での流れはロンドンと似通っており、経済活動はかなり東京に集中している。だが人々の意識については、親世代は都市での快適な生活を好んでいる。

ブラウン

現代資本主義的な企業の活動力が、地方分散化に歯止めをかけている。



日本では20代で東京に来たら、そこで家族を作り一生東京にいる人も多い。しかし、ロンドンにきた若者は30代から家族のためなどで外に出るのはなぜか?キャリアはロンドン以外でもつめるのか?

ブラウン

ロンドンは20代前半の人々にとって色々な意味で魅力的だ。理由の一つとして、ロンドンで定職を得て働くのはポジティブに捉えられるため、自身のキャリアを押し上げてくれるのだ。近年、複数の大銀行が支店や本社をロンドン以外に開いている。例えばHSBCはイギリス本社をロンドンからバーミンガムに移した。しかしロンドンが優れた人的資源の集積地であり続ける限り、企業はここに集まり続けるだろう。有能な人材ひとりひとりが、ロンドンで身に着けた専門知識を地元に持ち帰り、そこで新たなビジネスをはじめてくれたら喜ばしい。
今のところ、人々はロンドンを離れ、他の街に移り住んだ後も、ロンドンに通勤をつづけている。仕事のうえで、ロンドンに依拠するのではなく、ブリストルやバーミンガム、マンチェスターに人々が戻り、週に数回だけロンドンに通うようになれば、地方起業家のようになるだろう。彼らはロンドンを市場や交流の場として捉え、企業自体はマンチェスターやバーミンガムを拠点にする。これはかなり利点があるだろう。


工藤

日本における地方起業家の場合、キャリアの初期は東京や大阪のような大都市で過ごしている。ほとんどはコンサルティング会社に勤め、起業に必要なスキルや知識を身に着ける。こうしたビジネスは地方に転がる機会をうまく活用している。よく地方は資源が乏しいといわれるが、実際はそうではない。都市でキャリアのスタートを切るのが最速のキャリアトラックだし、そこでの経験が地方の有する潜在価値を見出すきっかけとなるだろう。



地方都市でロンドンよりいい仕事をでき、文化的に魅力があり、生活が充実すれば、人は集まるだろう。しかしビジネス開発もインフラ整備も大都市に集中し、そこに人が集まってしまうのが現実だ。そうした現実を変える「Change the narrative」について詳しくうかがいたい。

ブラウン

生活の質に対する認識や価値観は、年を重ねるとともに変わる。20代のころは、クラブやバーなど楽しい場所へ行くことを重視する。どのくらいの大きさの、どんなタイプのフラットに住むかはさして問題ではない。これは30代、40代になると変化する。より緑の多い場所や、庭が欲しくなり、公園付近に住みたくなる。例えば、高い家賃を払い、混みあった地下鉄で通勤・通学して、刺激的な街の小さな部屋に住みたいならば、ロンドンが合っているだろう。しかし人生のある時期になると、そうした生活が必ずしも楽しくなくなるものだ。一方で、ビジネスの集積状態を変えることはより困難だ。我々の調査によると、ビジネスが求めるのは、才能と、良いコネクション、顧客、市場、そして他の国際都市への近接性だ。またビジネスが集積する上での経済的な根拠も考慮にいれなくてはならない。ビジネスは大概、国際的な大都市にこうした環境を見出す。だが国内経済でもビジネスはつづけるし、国内の人々と働く必要がなくなるわけではない。


工藤

日本では、世代ごとの需要に応じ、異なるライフスタイルを提供するような街づくりの戦略がまったくない。高齢世代に関する議論や、そうした世代に対して地方移住を促す動きはあったものの、もはや議論自体がとまっている。



日本と英国は移民に対する態度や姿勢がかなり異なる。資金をもたらし、街を支えるために新来者に頼るなか、国際都市の未来像はどんなものになるか?

ブラウン

ロンドンはこれからも新来者に大きく依拠していくだろう。ロンドンから彼らを取り上げれば、経済活動と生活の質、都市の個性は著しく低下するだろう。前述のとおり、世界的な気候変動は、望まずとも必要に迫られ、多くの北への移住を引き起こすだろう。しかしロンドンはそうした移住者に頼りすぎることなく、地元の人々が雇用や機会からあぶれることのないようにしなくてはならない。

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首都から地方への移転で最も効果的なのは、企業の移転、人材の移転、税金の移転のうち、どれか?

ブラウン

英国でも起業の移転を試みたが、北部都市における効果は限定的だった。考えられるのは、行政部門の移転だ。しかしロンドンの場合、移転させられるのは大抵下級の公務員だった。またロンドンから若い働き手がいなくなっているという議論もあり、メディアもこぞって悲観的な取り上げ方をしている。しかし、人々をロンドンから地方都市へ定期的に送り出すためには、これは前向きにとらえられるべきだ。
ロンドンが意図的に人々を追いだすのは賢明ではない。世代ごとに優先事項は変化しており、住民は自然と街を去るからだ。ロンドンの住宅の供給不足と高騰する住宅価格が人々を街から追い立てるのにも、限度がある。税の移転が主要因で、特にどういった種類の税かが問題だ。現時点では、そのほとんどは公共事業や社会保障給付金に充てられており、生産的ではない。特に、ロンドン市民は、住宅手当補助のために個人家主に対して多額の金を支払っている。投資のための財政移転は効果的だろう。なぜならそれが様々な機能やビジネスを育む土壌となるからだ。一方で、経済活動が低迷した地域の生活を支えるために財政移転するのは、恐らく賢明ではない。遠回りしての結論だが、企業の移転はうまくいかず、人材の移転は常についてまわる。そしてこうした動きは常に大都市と地方の間で起きていなくてはならない。インフラ投資のための財政移転は、新たなビジネスや活気を呼び入れるだろうし、恐らく最も効果的ではないだろうか。



インフラ関連の質問だが、行政や公共部門ではなく、民間が地方を支えている事例はあるだろうか?政府ではなく、民間企業が地元を支援する方法はあるか?

ブラウン

地方では、企業がより公民として街に関わることが多い、なぜなら市民生活の中心にあるからだ。これは特にその企業が、街でたった1つ、3つしかない企業だった場合だ。例えばブライトンにはアメリカン・エクスプレスの英国本社があり、彼らは地元のサッカーチームを支援している。チョコレート会社キャドバリーがバーミンガムでそうしたように、企業が従業者のために街を丸々つくり、理想的なコミュニティを生み出すといった慣習も、そう新しいことではない。ほかにも、アメリカから導入したBID制度があり、地元企業が一体となって、環境改善、道の清掃や観光客を助けるプログラムに資金を出している。企業ができる最善の方法は、地域経済の一端として、人を雇用し、訓練することで、地元に関わり続けることだ。アメリカでは地域を拠点とする企業がより市民生活に携わっており、参考になる。英国には、それほど大きな連携はなく、これからより注力できればと思う。


工藤

本日の講演で、人は人生の異なる時期によって、重んじるものも違うと学んだ。英国社会では、それが巧みに構造化されていると思う。典型的な家族はより広い家族団らんの空間が必要になると、ロンドンを去る。こうした家族にも適した形で、仕組みがあるわけだ、しかしながら、東京や日本には、そうした仕組みがない。あるいはまだ、そうしたライフスタイルに支持がない。おそらく、これが本セッションのテイクアウェイだろう。どうやってそうした仕組みを実施し、どのような行動をとるべきかを検討したい。


市川

日本の都心から50キロ圏をとると、東京とロンドンは非常に似た状況にあり、人口、GDP、従業者の数は国家の2割を有している。 都問題は、より広げると1都3県とか東京圏があり、またロンドンの場合は、グレーター・ロンドンを越えサウス・イースト・リージョンまで、かなりの集積がある。 最終的に2050年というターゲットイヤーはどうなるか。ブラウン氏のおっしゃる通り、ヨーロッパの熱波など様々な影響を持つ気候変動とブレグジットが課題だ。最後の質問として、30代、40代でロンドンを去ったのち、どこにいくのか?マンチェスターなどではなく、例えばサウス・イースト・リージョンにとどまり、通勤しているのか?


ブラウン

伝統的に、多くは英国南東にむかうが、なかにはマンチェスターやバーミンガムなどほかの都市に引っ越すものもいる。 近年はこれが流行だ。人々は手ごろさを望みつつ、より広い空間も求めている。しかし都心生活を完全に捨て去りたくもない。 人々は必ずしもかつてと同じ夢を描いているわけではない。 「地方に引っ越して、庭と車、子供2,3人、犬と猫をもとう」という夢だったのが、いまや「別の街に越して今までよりも大きなフラットかタウンハウスに住み、車は持たずに、自転車や公共交通機関にのろう」というのが昨今の潮流だ。 これは世代的な変化であり、人々の希望は、中年になると、徐々に変わるものだ。